道草反省日記

誰かの反省、それはみんなのお役立ち

米屋さんから飴ちゃんもらった。あんたが一番、私が二番

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ネット通販でお米を買ったところ、手紙と、お米の虫よけ用のとんがらしと、飴が3粒同封されていました。

 

送り状と商品だけのお店に比べると、些細な、小さな心遣いですが、やはりうれしいものです。

 

お米屋さん、どうもありがとう。

 

いま、飴を舐めながらこれを書いています。

 

ところで僕は、こういうおまけとか、ちいさなおもてなしにからきし弱い人間です。

 

いわゆるあれですね、スーパーなんかで、試食させられると、そのまま商品を買っちゃうタイプ(笑)。

その商品への評価にかかわらず、もてなしてもらっちゃったことで、「お返ししなきゃ」と、自分を追い込んじゃうタイプです。

 

「返報性の原理」とかいうそうですね。そういうメンタルのことを。

 

誰もがもっているものだそうですけれど、人によって強弱の差はありそうです。

 

僕の見てきた経験からいうと、裕福なおうちに育った末っ子のお坊ちゃん・・・なんて人には、これが弱い人がとても多いです。

 

他人にほどこされても、「はあ」と、無感動でいたりする。

 

必然、「他人に与えると喜ばれる」という公式も身につかないので、やたらとケチだったりもする。せっかく裕福なのに・・・。

 

人間関係を気に病まないという点では幸せなのかもしれませんが、年をとるごとに、やや難しい人生になっていく様子が見えたりもします。

 

でも一方で、返報性メンタルあり過ぎ、もよくありません。

 

「一生懸命に私の話を聞いてくれた。お返ししなきゃいけない。この人のすすめるセールス話に乗ってあげよう。内容はよくわからないんだけど」

 

だと、かなり危ないですし、

 

人に気をつかうのがイヤなばかりに、

「わたしいいです」「結構です」「いりません」「構わないでください」だと、だんだん孤独になります。

 

ほどほどがいいということですね。

 

あと、ちょっと難しいんですが、「返報しない返報」というテクニック(?)もあるなあと、僕はよく思っています。

 

たとえば、誰かのお世話になりますよね。

 

あえて、あからさまなお返しはせず、恩に着たまま、バランスが偏った状態のままで、相手を格好よくさせ続けてあげるんです。

 

お礼の気持ちだけ、通じるかたちを上手く工夫して。

たとえば物に対して丁寧な手紙で済ます、とかね。 

 

古い言い回しですが、「あんたが大将」というやつです。

「あんたが一番、私が二番」。

 

これがナチュラルにうまい人は、当然ですが可愛がられますよ。

 

出世もしやすいです。

 

以上、ともあれおそまつ。

 

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