道草反省日記

誰かの反省、それはみんなのお役立ち

大学は「バンジージャンプ」だった? 大学に行けなかったダメ校出身が、大学の意味について論じる

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こんにちは!

今回は雑談です。 

 

あ、前回に続いてですね。

前回に続きまして、雑談です。

 

いきなりですが、最近「はてな」の各画面を開いていて、なぜか立て続けに大学論(?)が目に入りました。

 

具体的にどれかというと、

以下、いつも面白~いブログを書かれている人気の御三方の発信です。

 

delete-all.hatenablog.com

www.gw2.biz

gattolibero.hatenablog.com

 

それにしても「ぐわぐわ団」はおもろいなあ。

 

で、さてさて。

この「大学論」に絡んで、僕自身のことなんですが、まず大学には行っておりません(汗)

 

行きたかったけど行けませんでした。勉強、出来なさ過ぎて(涙)

 

しかも、周りにもいなかったんですね。大学に行くという友達が。

 

するとあなた・・・いま察しましたね?(笑)

 

そうです。

要するに当時、

ビー・バップ・ハイスクール」とか「シャコタン ブギ」なんかが描いていた、アホな世界の側にいたのが、ワタクシです。

ダハハ。

 

さて、そんなワタクシ・僕なんですが、20代後半になって、何の運命のいたずらか、東京のとある名の知れた会社で働き始めました。

 

オフィスは銀座にありました。

 

そのとき、僕の周囲ぐるりと、半径20メートルくらいの中にいた同僚たちの出身校を挙げてみますね。

 

東京大学

京都大学

慶応大学

早稲田大学

どこだったっけな・・・どこかの県の国立大学

人数としては、慶応が一番多くいましたね。

 

あと、さらにうろ覚えですが、

一橋、筑波、日本女子? 津田塾? お茶の水・・・だったかな?

 

とにかく、

「出身ですか? 〇〇県立〇業高等学校だよ~ん。夜露死苦哀愁ゥ!」

 

なんてアホは、見渡すかぎり僕だけ。

 

いま振り返れば、ひとりだけずいぶんと浮いた環境だったようにも思えるんですが、当時はまったく意識せず、普通に、楽しく仕事していましたね。

 

ただあるとき、ひょんなきっかけから、

ふと気づいたことがあるんです。

 

それに気づいたことによって、僕の子どもの頃からの長年の疑問も、そのとき見事に氷解しました。(氷解したと思っています。僕の気づきが正しければ)

 

その気づきとは、これです。

 

「大学って、つまり、成人通過儀礼だな」

 

たとえばこういう話、ありますよね。

どこまで現地の事実をひろえているかはともかく・・・

 

「タイでは、出家経験のない者は、大人として一人前とみなされない」

 

僕は、とりあえず日本の戦後の「大学」というものの存在については、人間が一人前の大人と認められるための、成人通過儀礼を経るための関門である意味合いが濃かったように思うんです。

 

とりわけその意義は、卒業することではなく「入試」の方に、入学試験に合格する方にあったのではなかろうか。

 

なので、

「そうか!大学中退があまり問題にならない理由はこれだったんだ!」

 

悲惨な(当時)高校中退に比べて、

何だか逆に威張っちゃっているかのような大学中退・・・なんで?

 

と、いう僕の長年の疑問は、そのようにして見事に氷解に至りました。

 

ちなみに以前は、韓国にもこんなのがありましたよね。

「兵役逃れたヤツは、ウチの会社は採らんよ。信頼できんもんね」

 

この空気は近年ずいぶん薄まったようにも聞いているんですが、それは、あちらの国の場合、苛烈化する大学入試がイニシエーションの主役としての地位を兵役から大きく奪った・・・と、いうことなのかもしれませんね。

 

もっともそこらは、実際にあちらの国の空気の中で生活している人に尋ねてみないとわかりませんが。

 

なお、僕の見立てですが、

成人通過儀礼=イニシエーションは、社会が進むほど、意味が薄れていき、無くなっていくのがおそらく自然だと思っています。

 

なぜって、

これって、そもそも原始社会ほど厳格になされているものでしょ?

バンジージャンプとか、猛獣狩りとか、いきなり歯を引っこ抜くとか・・・。

 

日本の場合、(僕の気づきが当たっているとして)大学入試の前は、あきらかに徴兵検査がその中心だったように思いますが、これはとうに無くなりました。

 

以後、残ったのが、階級上位の大人として認められるための「大学」と、さらには万人に向けての「結婚」でしょうか。

 

そしていま、大学全入時代や入試多様化の定着をうけて、いよいよ大学入試が、その役目を解かれようとしているのでは・・・?

 

そんな風に感じています。

 

なので、かつてはどうもこうもなく、誰もが行けるなら行っておくべきだった大学というものについて、最近はさまざまな人が、自らの人生に照らしながら、その意味を考えざるをえなくなってきているのではないかとも感じています。

 

さてさて。

 

ちなみに、

僕がもし、明日にでも中学生や高校生から、大学に行く意味を問われた場合、いまは以下のことだけは伝えようとは思います。

 

高尚な話ではありません。きわめて現実的で実利的なことです。

 

それはこれ。

 

「大学卒業してないと、外国には移住しにくいよ」

です。

 

ご存知のとおりです。

大体どの国も、まともに働けるビザ出してくれませんもんね!

 

中には、

「高卒? きつ~い飯場仕事ならあるぞ。いやならシッシッ!」

のケースも。

 

これからの社会を生きていく若者にとっては、これってかなり深刻な、おさえておくべき基礎知識かもしれません。

 

おそまつ。

 

(イラストは「かわいいイラストが無料のイラストレイン」さんより)