道草反省日記

誰かの反省、それはみんなのお役立ち

旧暦での季節行事はいまの暦に合わない。でも「大寒」はちゃんと寒いよね? の疑問に解答します

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うむむむ寒い。こんにちは・・・!

 

「大寒」の日が目の前ですね。

今年は昨年と同じく1月20日です。

 

ちなみに寒の入りは先日、6日のこと。

 

いまはいわゆる「寒中」の前半です。

 

僕は関東に暮らしていますが、

この地域が1年のうちでもっとも寒くなるのが、平均すると、大寒を少し過ぎた頃です。

 

もちろん、関東・東京だけではありませんね。

おおむね日本中が、そうなのではないでしょうか。

 

なので、二十四節気の大寒というのは、まさに実際の季節に言葉が合致しています。

 

ですが・・・!

ここで何やら、モヤモヤした疑問をいつも感じてしまっている人も、結構多いのではないでしょうか。

 

たとえば、大寒を迎えると、テレビのお天気キャスターなどはこう言います。

「今日は暦の上での大寒です。そのとおりに、朝はとても冷え込みましたね」

 

そこで疑問の湧いちゃう方、

それってこんな感じでは?

 

「暦の上っていうけど、その暦って旧暦?新暦? 旧暦上のいろいろな定義やくくりって、いまの新暦とはずれていて合わないとも聞いてるけど(たとえば秋の行事の七夕が梅雨の時期に)、どうして大寒って、毎年ほぼ現実の気候とピッタリなんだ?」

 

モヤモヤとしたその疑問への答えです。

 

 

「大寒」は物理的な状態を指す言葉です

 

いきなり結論をいいましょう。

大寒は、あえて言ってしまえば、暦に関係のない存在なんです。

 

ある物理的な状態が先にあって、それが生じた瞬間が「大寒」なんですね。

そこにどんな暦がかぶさってこようと、本質的には関係ないんです。

 

より詳しくは、その物理的瞬間をもって、天文学上の大寒と呼びます。

その瞬間を含んだ日もまた、「大寒」とよばれるといったかたちです。

(加えて、大寒の日から立春の日の前日までの期間を指すこともありますが、この用法は僕はあまり好きじゃないなぁ)

 

なので、「暦の上では今日は大寒です」と、暦を土台のように表現するのは、実は誤解のもとなんです。

 

それだと、まるで先に「月」と「日」が決まっていて、こどもの日(5月5日)や文化の日(11月3日)のようなかたちで大寒が決められているかのように感じられますよね?

でも、本当はそうではないということです。

 

繰り返しますが、あくまで物理的な状態が先。

それが、どの暦のどの日に当たるかは、本質的には二の次のこと。

 

以上の理解が正解です。

 

大寒を示す物理的状態とは?

 

では、いま述べた、大寒を示すその物理的状態というのは、どんなものをいうのでしょうか。

その「状態」は、地球と太陽との位置関係の中に生じます。

地球が太陽の周りを一周するにあたって、その間に、一度だけ、その瞬間がやってくるんです。

 

具体的には「太陽黄経が300度」と、なる瞬間をもって、天文学上、それを大寒とするんですね。

そして、それが起きる瞬間を含む日こそが、日にちを示す意味での「大寒」です。

 

でも、太陽黄経といっても、これがちょっと理解しにくいんです。

そこで大抵は、説明のため、下のような図が出てきます。

真ん中に地球がありますね。その周りを回っている小さな球体が太陽です。正しくは「見かけ」上の太陽の位置となります。

 

(画像はWikipediaさんより引用させていただきました)

 

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ところで、この図って、スルリと頭に入る人ってどのくらいいるのかな? 僕は、最初やたらとわかりづらかった・・・

(この概念って、昼は太陽の高さで時刻を知り、夜は星座を見上げて太陽の位置を測っていたような時代であれば、かなりピンときやすいんでしょうね)

 

とはいえ、とりあえずはこの図を見てもらうと、

冬至点のところに黄経270度と書かれていますね。矢印に沿って進み、次の春分点を見ると0度になっています。これは360度と同義です。

すると、大寒の300度というのは、

・冬至を過ぎ

・見かけの太陽の位置が

・春分に向けて30度分ほど進んだところに

存在していることになります。

 

昔の人は、この「見かけの太陽の位置(太陽黄経)が300度」の頃が、

「1年で一番寒くなる」

と、体感や観察によって知っていたんです。なので、大いに寒い「大寒」とネーミングしたんですね。

 

平気法と定気法

 

ちなみに、いま述べた昔の人というのは日本人ではありません。はるか古代中国の人です。

 

古代中国の天文学者によって、大寒を含む二十四節気は、当初は、太陽が太陽黄経360度の円(黄道)を一周する時間を24分割して決められました。

これを平気法(または恒気法)といいます。

  

その後、近代近くになって、「定気法」が採られるようになりました。

時間を24分割するのではなく、黄道という円を角度(=経度)で24分割するというやり方です。

360度を24分割すれば各々は15度になる、ということで、太陽黄経15度ごとに、二十四節気があてがわれるようになったわけです。

これにより、大寒=太陽黄経300度の瞬間である、との定義が成立するようになったわけです。

なお、平気法から定気法への変更は、太陽を回る地球の軌道が実はまんまるの真円ではなく、若干楕円となっていることがわかったため、それに応じての調整でした。

 

二十四節気は、いわば「太陽暦」です

 

以上で、もうすっかり納得できちゃった人もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

大寒だけではありません。

大寒を含む二十四節気というのは、完全に太陽を基準とした取り決めなんです。

 

大寒と同じく二十四節気のひとつである夏至や冬至が、まさに日の長さ・短さと正確に合致しているものであるように、

立春、立夏、立秋、立冬も・・・

春によく話題になる啓蟄 (けいちつ)も、大暑も、処暑も、

どれも全て、季節の様子を言葉で形容しながらも、その正体(?)は、地球と太陽の位置関係を示す一瞬と、その一瞬を含む日を示す言葉なわけです。

 

いわば、二十四節気は「太陽暦」なんですね。

なので、これに太陽暦である新暦を被せても、問題なく馴染んじゃうというわけなんです。

 

明治6年(表現によっては5年?)に、日本では改暦が行なわれました。旧暦から新暦(太陽暦であるグレゴリオ暦)への切り替えが行なわれました。

 

明治5年は旧暦12月2日で終了となり、その翌日が、明治6年の新暦1月1日となったわけです。

 

それでも、たとえ改暦がされても、二十四節気は新暦同様に太陽のみを基準にして巡ってくる上、

すでに記したように、物理的瞬間を迎える日をたとえば「大寒である」「大暑である」と、規定すればよいだけなので、混乱は生じません。

 

なので二十四節気は、むしろいまの暦にこそ、よりマッチしているというのが正解なんですね。

 

混乱といえば、地球が太陽を一周する時間が、正しく365日=24時間×365 ではないことによる影響で、日付がときどきわずかに揺れてしまう程度です。

ちなみに、大寒の場合、2017年から52年までは、いまの1月20日で変わりがありません。

(厳密には2020年の大寒が、日跨ぎと瞬間が重なるため、確定微妙な日ともいわれています)

 

旧暦時代は大寒を含む月を12月としていました

 

ところで、

さらにいうと、旧暦時代は、「大寒の生じる月は12月とする」、「冬至を含む月は11月とする」と、いった具合に、むしろ二十四節気が主導するかたちで、月が割り振られていたんです。

なかば強引に。

なぜ、強引にかといえば、旧暦の月は、月の満ち欠けにもとづいた「ひと月」なので(29日か30日になります)、これを太陽を基準とし、季節をちゃんと表わしてくれる二十四節気に合わせるには、多少の力業が必要なんですね。

すなわち「閏月」の挿入です。

閏月をどこに入れてやろうか? と、いうときの基準にも、二十四節気は使われたわけなんです。

その際、「ともあれ1年でもっとも寒い月は12月ということにしとこうよ」と、いうことについては、社会が意思共有していたということです。

逆にいえば、そもそも実質太陽暦である二十四節気に「太陽暦」がかぶさったスマートな(?)現在の状況においては、当然のこと、そんな力業は必要がなくなったともいえるわけです。

 

なので「旧暦=陰暦」は誤りです

 

そこで、ついでなので「旧暦」の定義についていえば・・・

以上のとおり、これを月の満ち欠けのみにもとづいた「陰暦」あるいは「太陰暦」だったとするのは大きな誤りで、

旧暦は、閏月を暦に入れるために、実質上の太陽暦である二十四節気が用いられた「太陰太陽暦」だったというのが正解なんです。

 

これ、うっかり端折ちゃっている説明がたまにありますよね?

「旧暦=陰暦」「旧暦=太陰暦」なんて。

 

言葉の端折りが、理解の端折りまで生んでしまわないように、気をつけておきたい例のひとつです。

 

最後に残った疑問を解きましょう! 立秋はなぜ暑い?

 

さて、最後に残った疑問です。

こんな疑問です。

 

・大寒は日にちを示すものではなかった(一定の何月何日を指すものではなかった)

・事象を示すものだった

・大寒を含む二十四節気は実質上太陽暦だった

・だから「大寒」を迎える日は、旧暦だった昔も、新暦の現在も、ちゃんと寒い

 

でも・・・

「立秋は、8月7日くらいにやってきますが(2019年は8日)、めっちゃ暑い頃で、さっぱり秋の感じはしませんが?」

 

そうなんです。

ほかにもありますよね。

大寒は「ピタリ」でも、ほかの二十四節気の中には、ネーミングが現実の季節・気候とは、若干合わないものがいくつかあります。

 

この答えは簡単で、実は、すでにヒントはちらりと出てきています。

 

さきほど、二十四節気は、古代中国の発祥であることに触れましたでしょ?

ここでいう古代中国って、位置的にはいわゆる「中原」のあたり。中国内陸部の黄河中流域を中心とした辺りと考えられるんですね。

たとえば、それらではおおむね梅雨がありません。秋の訪れも日本の中原、たとえば関東や関西よりも早いわけです。

そんな違いについても、二十四節気はそのまま反映しているというわけです。

 

ちなみに、雪が降り始める「小雪」は11月22日頃ですから、東北地方の北部くらいだと、こちらは「ピタリ」ですね。

 

おそまつ!

 

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(イラストは「かわいいイラストが無料のイラストレイン」さんより)