万葉・古今から現代までをたどって、僕は日本の最大の詩人のひとりが松本隆さんだと思っています。
その松本隆さんの作品に「MAUI」というのがあります。
松田聖子さんの1984年のアルバム、
「Windy Shadow」の7曲目ですね。
ちなみに「Windy Shadow」は、松本隆・松田聖子コンビによる作品としては、ほぼ集大成といえるアルバムのように僕は感じています。
その中で「MAUI」は、真の天才の書いた詩(詞)です。
舞台はハワイのマウイ島です。
有名なリゾート、カアナパリの海辺です。
いい音ですね。「カアナパリ」
アイヌ語にあってもよさそうな感じがします。
ただし、
「MAUI」の歌詞の中では、せっかくのビーチリゾートがとんだ雨に見舞われています。
しかも、おそらくは連日の。
なので、
厚い灰色の雲の下で、主人公の彼女は「頭に来る!」と、プンプン怒ってるんです。
彼と雨宿りしながら。
一方、楽しそうなのは、見知らぬ地元のサーファーでしょうか?
荒れた海で波の上を滑っている彼らだけ。
間もなく主人公の怒りが届いたのか、そんな一人のボードも大波に弾け、宙に舞ってしまいます。
なお、
「ボード」が「ボート」に聞こえる、聖子さんらしい鼻濁音下手な発音が、ここではとりわけキュートですね。
「最悪のお休み」
と、ため息が出てしまいそうなネガティブな状態はさらに続きます。
ふたりが戻ったホテルのプールサイド。
雨は止みません。
そこでいたずらな彼は、主人公を水の中に突き落としてしまいます。
そこにはもちろんふたりだけしかいないんですね。
彼は言います。
「どうせ濡れてるんだから、服のまま泳ごうよ」
そのとき彼女は、マウイ到着以降少しの日焼けもしていない白い腕に時計を巻いたままでした。
このプールの一件で、壊れてしまうんですね。
もう針は動かない。
そのことを松本隆さんの詞は、
「時刻はForever 二人の時間を 縫い止めてる」
と、歌います。
壊れた時計が 恋人たちの時を 縫い止めている
おそるべき表現力です。
万葉の恋歌の作者たちが大喝采しますよ。きっと。
やがて、雨降りしきるプールに潜りながら、ふたりは口づけを交わします。
水滴が描く丸い波紋の下で。
いかがですか。
すさまじい詞です。とにかく。
この詞は、基本としては不運と怒り、失望を描いているのです。
雨、台無しの休日、動かなくなった時計。
意気消沈と腹立ちをうたう歌なのです。
ところが、そこから生まれてくるのは、ダイヤモンドのように輝く若い二人の幸せな時間と、永遠の思い出なんですね。
そして、それらは松本隆流の巧みな言葉の配置によって、すべてが映像となって、聴く者の頭の中に風景を紡ぎます。
もう一度いいますね。
これが天才です。
ちなみに、
同じく雨とリゾートを配置した松本隆・松田聖子作品といえば、その名もずばりの「雨のリゾート」があります。
’81年のアルバム「風立ちぬ」に入っていますね。
「MAUI」の遠い原形のようなところがある作品です。
いたずらな彼氏がこちらにも出てきます。
ただし、「雨のリゾート」は、僕はあまり出来がいいとは思いません。
「MAUI」は、繰り返しますがこの3年後。
天才が大きくスケールアップした数年間というものも感じさせます。
▼こちらもどうぞ!