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夏の怪談シリーズ.1 「イタズラに怒る空き家の亡霊」

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私は真由といいます。

二十歳の大学生です。

 

私の住む町から車で30分くらいのところ。

寂しい山の中に、その空き家は建っていました。

 

怖い噂がありました。

その空き家のインターホンを鳴らした人は、帰り道で必ず事故に遭うというのです。

 

もちろんそれは、地方の町の若者たちの間で語られる根拠のない噂話でした。

去年の夏、あの恐ろしい事件が起きた日までは。

 

その日、私と友達の雄平君、友里の3人は、雄平君がお父さんから借りた車でドライブに出かけていました。

帰り道、あの空き家の近くに差し掛かったのは、夕方の6時を少し回った頃でした。

 

言いだしたのは雄平君でした。

「空き家のインターホンを押してみようか」って。

 

私は「怖いからやめようよ」

そう言って止めました。

 

でも友里は、「やってみようよ」って。

 

2対1で押し切られ、私たちは空き家の前に車を停めました。

雄平君と友里が、1度づつ、インターホンを押してしまいました。

 

ピンポーン

ピンポーン

 

澄んだ音が2回響きました。

 

雄平くんは、

「中に入ってみようか」

 

友里も、

「面白そう!」

 

私は怖いので、

「何言ってるの!もう暗くなるよ」と、2人を引っ張るようにして車へ戻しました。

 

そのあと、車が山道を走り出して、10分くらいが経った頃でした。

助手席に座る友里が、

「おかしい」

と、言い始めました。

 

「おかしいよ。ねえ、おかしい。さっき走った道をまた走ってる感じがする」

 

そういえば・・・と、3人、顔を見合わせました。

 

「やっぱりそうだ!ほら、あの大きな木の前の看板」

友里が指さしました。

 

「スリップ注意の看板、さっきもあったよ!」

 

「どこにあった?」

と、雄平君。

 

「空き家の手前にあったよ!覚えてるもん」

 

「手前って、ウソだろ。きっと同じ絵の看板がいくつも立ってるんだよ」

 

「でも、すごく珍しい絵だよ。あれ」

と、友里。

 

それに対して、「ハハハ、まさか」と、

雄平君が笑ったその時です。

 

「キャーッ!」

友里が叫びました。

 

指差す先には、

「空き家!」

 

なんと、あの空き家があるのです。

 

慌てて車を止める雄平君。

 

「あの空き家?間違いない?」

 

「間違いないよ!」

友里が答えました。

 

たしかに間違いありません。

同じ壁の色、同じ屋根の色。

玄関脇にはあのインターホンも付いています。

 

ついさっき、私たちがインターホンをイタズラしたあの空き家です。

 

雄平君は黙って車を発進させました。

 

空はだんだん暗くなっていきます。

 

私は後ろの席から、

「スピード出しすぎないで」

 

「うん」

そう答える雄平君のハンドルを握る手が震えているのがわかりました。

 

いくつものカーブが続く山道をなぞりながら、車は、右へ、左へと、忙しく向きを変えていきます。

 

5分、10分・・・

そろそろ町明かりが見えてもいいはずです。

 

ところが・・・

「あの看板!」

友里が叫びました。

 

あの看板がまた立っているのです。私たちの行く手に。

目の前に!

 

そして、それを通り過ぎた直後です。

全員が息を呑みました。

 

空き家です。

あの空き家が、ふたたび私たちの目の前に現れました。

 

「何なんだよ!」

と、叫んで、雄平君はアクセルを踏み込みました。

 

「町まで一本道なんだぞ!なんでだよ!おかしいよ!」

 

「雄平君スピード!気をつけて!」

私が注意するのも聞かず、雄平君は猛スピードで車を走らせ続けました。

 

フロントガラスから、左右へ、後へ。

飛び去っていく暗い色の木々。

 

「雄平君、ライト点けて!」

 

車の周囲を容赦のない速さで暗がりが包み込んでいきます。

 

やがて、友里がワッと叫び、泣き出しました。

「いやだあ!また看板がある!」

 

続けて、あの空き家も、三たび私たちの前に姿を現しました。

 

急ブレーキを踏む雄平君。

車を停めました。

 

ドアを開け、外に出ました。

 

「降りない方がいい!」

 

止める私に構わず、雄平君は、空き家に向かってザクザクと歩き始めました。

 

そして立ち止まり、足元の石を拾い、

 

「やめてっ!」

私と友里が同時にそう叫ぶのも聞かずに、空き家の真っ暗な窓に向かって、それを投げつけました。

 

ガシャーン・・・!

 

激しい音とともに、割れるガラス窓。

 

その時です。

 

「誰だあ!」

 

地面の底から響くような男の人の声が聞こえました。

 

立ち尽くす雄平君。

右、左と、辺りを見回したあと、こちらを振り返りました。

 

すると、また声が。

 

「誰だあ!」

 

大きな声でした。

 

車に向かって駆け出す雄平君。

転がるような勢いで、ドアを開け、運転席へ飛び込みました。

 

「やばい。誰か住んでるんだ!」

 

真っ青な顔でドアをバーンと閉め、車を急発進させました。

 

すっかり暗くなった山道を3人を乗せた車が猛スピードで駆け下っていきます。

 

「誰か住んでたんだ。住んでたんだ、ハハ」

雄平君がこわばった顔でそう言い、笑ったときでした。

 

「誰だあっ!」

声がまた聞こえたのです。

 

しかも、すぐそばです。

まるで声の主が車の中にいるのではないかと思えるくらいに、大声がいきなり響きわたりました。

 

息もできない3人。

 

「誰だあ~っ!」

 

私は咄嗟に叫びました。

 

「雄平君!シートベルト!」

 

手を伸ばし、ベルトを引っ張る雄平君。

 

そのときです。

 

雄平君が激しい声で叫びました。

「ワーッ!」と、声を上げて凝視する先には、ルームミラーがありました。

 

何か映っています。

人の顔です!

 

友里が振り返り、私も振り返りました。

 

なぜなの・・・?

 

そこにいるのです。

車の後の窓の外に、男の人がいるのです。

 

髪の薄い、痩せた男の人が!

 

両手を大きく伸ばし、窓にべったりと上半身を張り付けた格好で、中年くらいの男の人が、恐ろしい形相で車内の3人を睨みつけているのでした。

 

そのとき、激しいブレーキの音が響きわたりました。

 

ドーン!というにぶい音とともに、衝撃が私の体を貫きました。

 

そのあとのことはまったく覚えていません。

 

次に、私が目を覚ました場所、そこは病院のベッドの上でした。

 

事故から1日半以上が経っていました。

 

私たち3人の乗った車は、山道の急なカーブの先にあるガードレールに衝突し、そこで止まっていたそうです。

通りかかった車がそれを見つけ、救急車を呼んでくれたそうです。

 

私と友里は、それでも運良く、重い怪我をせずに済みました。

 

シートベルトをしていなかった雄平君は重傷を負いました。一時は命が危なかったそうです。

 

そのあと、2日が経って、警察官が事故の様子を聞きにやってきました。

 

私はあの空き家のことを話しました。

 

すると警察官は、

「あ、あそこからは今日遺体が発見されましたよ」

 

40代の男性でした。死後約1週間が経っていたそうです。病死でした。

 

半年前から行方不明になり、捜索願が出ていた、遠い町に住む男の人だそうです。

 

私は警察の人に尋ねました。

 

あの噂のことです。

あの空き家のインターホンを鳴らせば必ず事故に遭うというウワサです。

 

すると相手は笑って、

「そんな事故、過去に1件も無いですよ。そんな噂があったんだとしたら、君たちがその噂を現実にしたかたちだね」

 

そもそも、あの空き家のインターホンなど、とうに電源が落ちていて、鳴るはずがないとのことでした。

 

でも、あの日、たしかにインターホンは鳴っていました。

その音色は、いまも私の耳の奥底にはっきりと残っています。

 

忘れることができません。

 

ピンポーン、ピンポーンと、いまも鳴り続けています。

 

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この夏の怪談シリーズは、トラキチが ’90年代に、オーディオドラマ用に頼まれて書いたものにゃ。もともとはセリフと「ト書き」で構成された脚本にゃ。紙の原稿がひょっこり出てきたので、短編小説風に直して、ここに載せることにしたにゃ。スマートフォンがまだ存在しない時代が背景になってるにゃ。

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(写真はnannziさん作・写真ACより)