川越の賑やかな商店街、クレアモールにある大きなデパートといえば、丸広百貨店にゃ。
その屋上に神社が祀られてるにゃ。「民部稲荷」だにゃ。
いまの社殿をこしらえた際に、近くからご遷座いただいたとのことで、屋上までは誰でも行けるから、お参りも自由にできるにゃ。
そして、もう一箇所。
同じ民部稲荷様が、丸広百貨店の南東の裏手にある川越八幡宮にも祀られてるにゃ。境内社だにゃ。こちらは分祀にゃろうか?
ともあれ、この2つの民部稲荷にゃけど、面白い伝説があるにゃ。
昔々のこと。武蔵国多摩郡の八王子に、ひとりの小坊主さんがいたにゃ。
この小坊主さん、時折、夜になると、周りが寝静まった頃を見計らい、そっとどこかへ出かけていく。
「あの子、一体どこへ?」
ある日、心配になった住職が尋ねてみたにゃ。
すると、小坊主は、隠すことなく素直に答えたにゃ。
「ご心配をおかけしてごめんなさい。実は、西の山にある民部様のお屋敷に呼ばれて、お話相手になったり、ご馳走をいただいたりしています」
それを聞いて、住職は、
「はて、民部様……」
首を傾げたにゃ。
ちなみに「民部」は官名だにゃ。どうやら、小坊主はそこそこ身分のある人と友達になり、家に招かれているらしい。
にゃけど、住職は疑問に思ったにゃ。
(この寺より西の方(かた)、山ばかりで家など無いはずだぞ……)
そこで、住職、
「なるほど、わかった。とはいえ、お前さんがそんな風にお世話になってるというなら、私からお礼を言わねばならん。ぜひ、民部様をお寺にお招きしなさい」
やがて、数日が経った晩、住職がお寺で待っていると、お供をたくさん連れた民部様が駕籠に乗ってやってきたそうにゃ。
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」
住職がお酒やご馳走で歓迎すると、民部様も喜んで、ひとしきりよもやま話に花が咲いたそうにゃ。
そのうち、民部様が、
「うちの屋敷の者たちはとても相撲が強い」
自慢するので、彼らと、お寺の若い坊主たちで、相撲をとることにしたんだそうにゃ。
すると、民部様の言うとおり、供の若者たちは皆本当に強くて、お寺の面々は一度も勝てない。
「いやいや、たしかにお強い。参りました」
住職が白旗を挙げると、民部様はすっかり上機嫌で、また駕籠に乗って、西の山の方へ帰っていったそうにゃ。
その翌朝。
目覚めた住職が、お寺の庭に出て、昨晩皆が相撲を取った辺りの地面に目をやると、何やら散らばってるんよ。
よく見ると、それは動物の毛にゃ。
白い毛や赤い毛(茶色の毛)が、たくさん散らばっている。
住職は(なるほど)と思い、その晩、小坊主を連れて民部様のお屋敷を訪ねたにゃ。
「民部様、お話があって参りました」
すると、民部様は、
「実は、私もです」
しょんぼりした顔で話し始めたにゃ。
「ご住職がお気づきのとおり、われわれはこの山に住むキツネです。いま、引っ越し支度をしているところです」
「なんと。それはどうして」
「昨夜、お寺で宴会や相撲を楽しんだことが、山のキツネ仲間に知られてしまいました。私たちは人間と勝手に仲良くなってはいけないのです。掟を破ったので、もうここには暮らせなくなりました」
「すると、皆さんどこへ?」
「入間(郡)の川越へ移るつもりです」
民部様たちは、こうして八王子から川越へ棲み家を移したにゃ。その後、どんなことがあったのか、やがて川越でお稲荷様として、人びとに祀られるようになったということにゃ。
(ページ上の写真は、川越八幡宮の境内社として祀られている民部稲荷神社にゃ。下の2枚の写真は、丸広百貨店の屋上で祀られている民部稲荷神社にゃ)