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仙人とうっかり龍神 龍池弁財天 <川越の伝説>第2話

 

観光の人はだ~れも来ない、川越の地味なスポットのお話にゃ。

 

川越で一番大きなお寺「喜多院」の門前から、15分くらい歩いた小仙波町の東の端っこに、祠がひとつあるんよ。

 

「龍池弁財天」という小さな祠にゃ。ちなみに「龍池」の読み方は、正しくないかもしれにゃいけど、「りゅうのいけ」だと聞いてるにゃ。

 

さて、はるか昔のこと。

 

当時、小仙波の地は一面の広い海に面していたんだそうにゃ。

 

そこに、あるとき、仙芳仙人という人がやってきた。仙人は、辺りの様子が気に入って、「ここにお寺を建てよう」と、考えたそうにゃ。

 

そこで、土地を探していると、白髪の老人が現れた。

 

この老人に、「お寺の土地を探している」と、仙人が事情を告げると、老人は持っていた一枚の袈裟を差し出したにゃ。

 

「これを広げてみなさい。広がった分だけの土地をあなたにあげよう」

 

仙人は早速、受け取った袈裟を広げたにゃ。

 

すると、不思議なことに、袈裟はあっという間に際限なく広がって、目の前の海を入り江ひとつ分覆ってしまったにゃ。

 

ところが、これを見て驚いたのが老人にゃ。

 

「あっ、いかん。これだとワシの住むところがない」

 

慌てて、

 

「袈裟が広がった分はすぐに陸地に変わる。それを約束どおりあんたにあげよう。そのうえで、一部にちょっとだけ水辺を残させてほしい」

 

仙人に頼んだそうにゃ。

 

一方、タダで土地をもらった仙人は、

 

「どうぞ、どうぞ」

 

と、いうことで、小さな池がひとつそこに残ったにゃ。

 

これが「龍池」にゃ。(弁天池、双子池とも呼ばれているにゃ)

 

白髪の老人の正体は、袈裟で覆われた海の入り江に昔から住んでいた龍だったというわけにゃ。

 

なもんで、いまも龍池弁財天の祠のすぐ脇には、その名残かもしれない池が残ってる。

 

そこで、現実の話をすると、ここは川越のまちを載せている(南は府中、東は皇居から続く)武蔵野台地の端っこなんよ。おそらく、湧き水が崖の下からしみ出てるんにゃろな。

 

さて、龍から土地をもらった仙芳仙人は、喜多院の元となるお寺をそこに建てたにゃ。そんでもって、龍の住む池のそばには祠を置いてあげた。それが、いまに残る龍池弁財天というお話にゃ。

 

なので、伝説どおりならば、これは龍神を祀る祠なんにゃろうけど、いつのまにか弁財天様に取られたかたちだにゃ。龍はまた何かうっかりをやらかしたんにゃろな。

 

ところで、以上の伝説なんにゃけど、面白いのは小仙波の付近が海の入り江に面していたっていう部分なんよ。

 

これ、ホントのことにゃ。

 

縄文時代のいわゆる「海進」が起こっていた時代、この辺りはおそらく東京湾の奥に広がる渚だったにゃ。

 

にゃので、龍池弁財天の近くからは貝塚も発見されてる。シジミやらカキやら、貝殻がザクザク出土してるんよ。

 

そんな時代を生きていた人びとの記憶が、実は、しっかり口伝えで何千年も受け継がれていて、それがやがて龍の池の伝説を生んだのかもしれないにゃ。