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川越城・人柱になった娘 <川越の伝説>第7話

 

いまに残る川越城の本丸御殿といえば、川越の観光名所のひとつにゃ。

 

でもって、その南400メートルくらいのところに「浮島稲荷神社」があるにゃ。川越で一番大きなお寺の喜多院から、川越城跡に向かう途中、右手に現れる小さな神社だにゃ。

 

ところで、川越の旧市街は乾いた台地の上に広がってる。南は府中、東は東京の皇居から続く武蔵野台地の北の端にゃ。

 

にゃけど、浮島稲荷神社の周りといえば、そんな中でも特別で、昔は結構な湿地だったんよ。

 

なので、「七ツ釜」なんて呼ばれていたらしい。「釜」とは水の湧くところ。それが7カ所あったということにゃろな。

 

そんでもって、そんな七ツ釜の地に、いつの頃からか神社が建っていて、それがいまの浮島稲荷神社にゃ。

 

湧き水の溜まった沼や、葦に囲まれて、社殿のあるところが島のように見えたので、こんな呼び名が付いたといわれてるにゃ。本来は「末広神社」だったともいうにゃ。

 

さて、この浮島稲荷神社のあるかつての七ツ釜にかかわる、ある悲しい伝説にゃ。

 

時は室町時代。有名な太田道真・道灌の親子が川越に城を築こうとしていた頃。享徳の乱と呼ばれる長いいくさが始まった辺りの時代にゃ。

 

予期せぬ難工事となって築城がなかなか進まない中、ある晩、道真の夢枕に龍神が現われたにゃ。

 

「道真よ。おれは七ツ釜に棲む龍だ。おまえの城造りに力を貸そう」

 

「なんと、これはありがたい」

 

「ただし、ひとつ条件がある。明日の朝、お前が最初に目にした人間の命を俺に差し出すのだ。その者を七ツ釜の淵に沈めよ。そうすれば、その者が人柱となって、城は無事に建ち上がるだろう」

 

夢か現(うつつ)か。

 

夜が明けて、道真が目を覚ますと、

 

「お父上」

 

よく知る声が聞こえ、寝所の戸がスッと開いたにゃ。

 

そこには娘の世禰(よね)姫がいたにゃ。

 

道真は驚き、

 

「お前、なぜここに来た……!」

 

「お父上、実は昨夜、七ツ釜の龍神様がわたくしの夢の中に現れたのでございます。お前が人柱になれば、父の城造りはつつがなく成就すると……」

 

「すると、あの夢は!」

 

「お父上もご存じなのでございますね。やはり、あれは正夢」

 

「い、いや、知らん! 知らんぞ! ―――否、たとえ正夢であろうと、誰よりもかわいいお前を人柱になど差し出せるものか」

 

道真は、さらに数多くの人夫を現場に集め、工事を進めようとしたにゃ。

 

ところが、せっかく盛り上げた土手は急な雨で崩れ、掘り下げた堀も土砂に埋まりで、その後も作業は幾度も繰り返しとなり、まるで進展しない日々が続いたにゃ。

 

世禰姫は父に訴えたにゃ。

 

「やはりわたくしが龍神様のもとへ行かねば」

 

「ならん! お前は屋敷から一歩も出てはならんぞ」

 

そんなある日、異変が生じたにゃ。

 

「姫様がおられない!」

 

見張りの目を盗んで座敷を飛び出した世禰姫。

 

慌てて追いかけた家来の者たちが最後に見たのは、七ツ釜にある一番深い沼の淵に、手を合わせながら飛び込む彼女の姿だったそうにゃ。

 

その後、城の工事はこれまでの苦労が嘘のように順調に進んだにゃ。

 

川越城は間もなく完成し、そのあと、戦国~江戸へと続く関東の名城のひとつになったにゃ。

 

浮島稲荷神社境内にある昔の想像図にゃ。

 

まるで七ツ釜の記憶を残すかのように、公園として整備されたいまの境内にも池が作られているにゃ。