トラキチが見たもっとも古い夢の記憶。これがすごく鮮明なんにゃ。いまでもはっきりと風景が浮かぶにゃ。
おそろしい夢にゃった。殺されかけたんよ。見たのは多分４歳の頃にゃ。
それ以前にももちろん夢は見ているんにゃろうけど、記憶に残っているものとしてはこれが最古にゃ。
トラキチは髷（まげ）を結った若者にゃった
どんな夢かというと、その夢の中で、トラキチはなんと髷を結った若者なんにゃ。どうやら江戸時代にいるんよ。トラキチは。
背もちゃんと高くて、多分１８～２０歳くらいの年齢にゃ。
その若者が、夜道を必死に走っているんよ。人の手を引きながら。
人というのは、若い女の人にゃ。
記憶はいまもはっきりと鮮明にゃ。薄茶の地に白い柄の入った小袖姿の女の人にゃ。もちろん、当時はそんなボキャブラリー持ってにゃいけど、あとから辿ればそういうことにゃ。
その女性とともに、トラキチは必死で追っ手から逃げてるんよ。場所は、日が沈んで間もない、暗い田舎の土手の道の上にゃ。
二人は小屋の中へ逃げたにゃ
そのとき、女性は走り疲れてしまっていて、もう限界だったにゃ。
すると、少し先に農家の小屋があるんよ。土手の下のちょっとした森のそばの暗がりの中に建ってたにゃ。
トラキチは女性と二人、そこに駆け降りたにゃ。辺りはもうすっかり暗いので、そこに隠れていれば、追っ手は小屋を見逃すんにゃないかと考えたにゃ。
ところが、そこでなぜか時間が飛んだにゃ。
次の瞬間、トラキチと女性は、小屋の中にいたにゃ。
二人は取り囲まれたにゃ！
そこで、気付くと状況は最悪にゃ。
なんと、提灯やら松明やらをかかげた追っ手が、すでに小屋の周りを取り囲んでいるんよ。
それらの風体もよく覚えているにゃ。帯刀した武士が２人くらい。あとは７～８人くらいの無頼ななりの男どもだったにゃ。
対して、トラキチと女性は、息をひそめながら、小屋の隅で寄り添ってたにゃ。
すると、外でなにやら妙な音がし始めたにゃ。パチパチと、枯れ草が燃えてはぜる音にゃ。
なんと、追手の連中、小屋に火をかけたんよ。
女性はガタガタと震えていたにゃ。間もなく、煙が板壁の隙間から小屋の中に侵入してきて、目鼻をツンと突き始めたにゃ。
ついには炎も見え始めたにゃ。さあ、絶体絶命にゃ！
どうする？
４歳の子どもに戻ったにゃ
そこで、またも奇妙なことが起こったんよ。トラキチは突然子どもに戻ったんよ。
子どもとは、つまり「いま現在」悪夢にうなされている４歳のトラキチにゃ。
髷を結った若者の背は一気に縮んでしまったにゃ。そこには、本来の子どもであるトラキチが、恐怖におののきながら立ってたにゃ。
すると、もう遠慮はいらにゃいな。トラキチは子どもなんにゃから。ワッと泣き叫んだにゃ。
「熱いよ、熱いよーっ！」
その声で、自分自身が夢から覚めたにゃ。ハッと目を開いたにゃ。
ただし、目覚めても周囲はやっぱり真っ暗にゃ。まだ夜中だったんよ。
親がびっくりして、二人ともベッドから飛び起きてきたにゃ。
ちなみに、トラキチは床の布団でひとりで寝ていたにゃ。「何が熱いの！どうしたの！」と、母親は大慌てだったにゃ。
トラキチはワンワン泣きながら、「昔の人が火をつけた！昔の人が火をつけた！」と、繰り返したにゃ。
あれはあきらかに江戸時代ころの侍とやくざみたいな連中にゃったけど、当時のトラキチには「昔の人」としか、表現のしようがなかったということにゃ。
異世界はどっちにゃ？
と、いうわけで、そんな奇妙な夢なんにゃけど、とにかくあまりにも映像がリアルで、トラキチはいくつになってもこれを忘れることができないんよ。
そこで、ふと思ったりもするんよにゃ。「もしや、あっちが本物なんじゃないか」って。
あるいは、あっちも本物なんじゃないかって。
そうなると、トラキチがいま、毎日眺めている２１世紀・令和の世界というのは、いわゆる異世界ということになるよにゃ。
トラキチは、この平和な異世界にもう半世紀以上暮らしていることになるわけにゃ。
にゃので、トラキチがたとえば明日にでも、突然道で車に轢かれて死ぬとするにゃんか。
すると、その瞬間にあの続きに戻るんじゃないか？
トラキチは、髷を結った若者として、炎に包まれた小屋の中に戻ることになるんじゃないか？
時々そんな風に思うよにゃ。
にゃはは。アホ にゃ。
アホな話にゃけど、でも、もしもあのときに戻ったら、トラキチはなんとかもう一度がんばってみるにゃ。
見事小屋を脱出するにゃ。もちろん、あの女の人も一緒ににゃ。
伊達にこっちの世界で「竜馬がゆく」を何度も読んだり、ルパン三世やインディ・ジョーンズを観てきたわけじゃないからにゃ（笑）
髷を結っていたトラキチの腰に武器があったかどうかはよく覚えていないけど、何か持っているかもしれないしにゃ。
とにかく、全力をもって窮地を脱するつもりにゃ。
トラキチと逃げた記憶、にゃい？
ところで、以上の話を読んでくれた人の中に、もしかして、いたりしにゃい？
「私も小屋に逃げた記憶がある！若い男の人と」
いたら、さあ 大変 にゃ！
まず、訊きたいんにゃけど、あのときトラキチと一緒に逃げていたあなた、そもそもわれわれって、なんで追われることになってたんにゃろ？
悪いのはこっち？ それともやっぱし追っ手のヤツらにゃ？ あっちだよにゃ、人相ガラ悪い連中にゃったし。
ともあれ、果たさなければならないのは、あの窮地からの脱出にゃ。
絶対に一緒に 生き残って やろうにゃ！
（写真はhiroshi nomuraさん作・写真ACにゃんからお借りしてるにゃ）
