伊豆半島東部の伊東市に「伊豆の瞳」と呼ばれている小さな湖がある。
一碧湖という。
やや日本の地名らしくない。
そこで古今の漢文を探れば、一碧萬頃――という言葉がある。水面が青々として遠くまで広がるさまをいう。
先憂後楽(後楽園の名前の元となった)で有名な范仲淹の「岳陽樓記」にこれが出てくる。
おそらく、一碧湖の名前はここから採られたにちがいないが、命名者が誰なのかははっきりしていないようである。
ともあれ、どことなく透明感のあるこのネーミング、透き通った現地の景色にとてもよく似合っている。
夏の真っ盛り、気温がグングンと上昇し、伊東の海辺が海水浴客の歓声に埋まるような日でさえ、一碧湖の周囲は嘘のように涼しい。その青い湖面は、いわゆる伊豆高原の一部に広がっている。
ところでこの一碧湖、一見、神秘な湖水を深々とたたえているようで、実は大変浅い。
最深部でも10メートルに満たないというから、お皿のような湖である。あるいは沼といってもいい。
そのため、太陽光も湖底に届きやすいらしく、つまり、そうした湖では多くの命が育まれやすい。
型の良いヘラブナや、よく育った大きなブラックバスが釣れるということで、美しい一碧湖は、釣り人たちにもよく知られている。
そんな一碧湖が育んでいる「命」として、もっとも有名なものがブルーギルだ。
ブラックバス同様、外来種として、その旺盛な繁殖力が在来の種を圧迫するものとして、各地で問題となっている。
この魚は、元々は1960年、いまの天皇陛下――当時の皇太子明仁親王が、研究用としてアメリカより持ち帰ったものだった。その後、研究が終わると一碧湖に放流された。これが全国に広がった。
陛下はこのことについて、「心を痛めている」と、近年仰っている。
(上記は初出2009年。内容は当時の訪問に基づくものにゃ。なので、文中の天皇陛下はいまの上皇陛下を指してるにゃ。トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで別名で公開していたコンテンツにゃ)