ちょうど伊豆半島に対する熱海のようなロケーション――。
ソレント半島の北の付け根に位置するソレントは、潮風とレモンの薫るイタリア・カンパニア州の海沿いをめぐる旅人にとって、この上ない場所にある。
まず、ローマからの新幹線が入線するナポリの中央駅からは、この町まで私鉄―Circumvesuviana―が延びている。
その途中、沿線には有名な「ポンペイ」の遺跡がある。
このポンペイの遺跡は広大で、じっくり見学しようと思えば、一日や半日ではとても時間の足りるものではない。
見どころが多い上、足元を覆う二千年前の石畳は、砂も浮かび、現代人にとってはなかなか歩きにくく、特に夏は照りつける太陽があまりにハードだ。
が、ソレントに滞在すれば、問題はない。
比較的発着の頻繁な Circumvesuviana を利用し、片道約30分をかけ、近隣のエルコラーノ遺跡なども併せて、数日にわけての見学が可能になる。
似たプランはナポリへの滞在によっても可能だ。
しかし、ナポリの場合、疲れた見学帰りの観光客を迎えてくれるのは、雑然とした駅構内や混んだバスの車内をうろつくスリ家業の人々だったりするので気が抜けない。
(なお、日本のガイドブックで「ヴェスヴィオ周遊鉄道」と紹介されているのが、この Circumvesuviana――チルクムヴェスヴィアーナとなる)
さらに、カプリ。
ナポリ湾の入口に浮かぶこの小さな島にある「青の洞窟」は、世界中の人々が知る観光地だ。
洞窟だけでなく、険しい海岸線や、島の高台にひろがる美しいリゾートの風景も、訪れた人の記憶に焼きついて離れない。
このカプリ島に押し寄せる観光客の多くが、ナポリ・ベヴェレッロ港からの船便を選ぶが、実は、ソレントからの方が距離は近い。
船の便数こそ、ナポリ航路よりも若干少ないが、それでも夏ならば日帰りの場合でも十分な数が運航されるので、まず不便はない。
そして、アマルフィ、ポジターノ――美しきアマルフィ海岸。
切り立つ断崖の続く峻険な海岸線にたたずむこれらの町々には、ソレントから、バスと船が発着する。
真っ青な地中海をはるか眼下に見下ろしながら進むバスは、チルクムヴェスヴィアーナ・ソレント駅前から発着。
一方、ソレント半島の断崖を見上げながら海をゆく船は、街の中心タッソ広場から海岸に向かい、崖を降りたところにある港で、世界中からやってくる乗客達を待っている。
窓から見える景色が、バス、船、それぞれ大きく違い、また、どちらもまことに美しい。
なので、できればいずれの経路も体験しておくことをおすすめしたいが、ひとつ注意がある。
それは、高所恐怖症の方への警告だ。
ソレントからアマルフィ海岸へ向かうバスに乗る場合、車内右窓側の座席にすわるのは避けたほうがいい。
アナタを身震いさせてやまない、おそるべき風景がそこに待っている。
ポンペイ遺跡の見学や、アマルフィ海岸での散策を終えて、午後、あるいは夕方、ソレントへ帰ってきたとする。
それでも、夏ならばまだまだ陽は高く、やっと夕暮れの始まる7時前後まで、明るい時間はまだたっぷりと残されている。
6月半ばにこの街を訪問した筆者の場合、ホテルで一服したあと、着替え、タオルを抱え、連日海に繰り出した。
その際、いい散策コースがあるので記したい。
まず、街の中心タッソ広場から海の方向へ向かい、Via Luigi De Maio ~ Via San Francesco と、通りを進んでいく。
道は左曲がりになりながら、間もなく右手に教会を望む。
これが San Francesco 教会。よく結婚式をやっていて、新郎新婦が祝福されているシーンに出会うことも多い。
そして、この教会の脇から向こう側、広場の広がるのが見える筈だ。
通りからは右手となる。地図には Villa Comunale と表示があるかもしれないし、ガイドブックによっては「市民公園」と記されていることもある。
気分のいい公園だ。足を踏み入れると、ほどなく青いナポリ湾と、はるか遠くにはヴェスヴィオ山を望むすばらしい風景が目の前に広がってくる。
さて、ここで、公園から海辺まで下る細い坂道の入口を探してほしい。公園入口からはほぼ真っ直ぐ、歩けば目の前に見えてくるはずだ。
無事、坂道への入口を見つけたら、あとはそこを下るだけ。
石畳のつづら折りを踏みしめ、途中、素掘りのトンネルも抜け、プライベートビーチがいくつも並ぶ、粗い白砂の海岸に到着することになる。
食事や更衣室を備えた有料のプライベートビーチのほか、無料のフリーエリアもあるので、時間と予算に応じて楽しむことができる。
フリーエリアに響く元気な子ども達の歓声は、まるで日本のビーチと変わりがない。
さて、海を楽しんだあとは、いよいよ地中海の夕暮れ。
19時30分前後をもって、街の中心道路からは車が追い出され、歩行者天国となる。(Corso Italia の西側・09年6月の状況)
やがて太陽が傾くとともに、賑やかなタッソー広場も、土産物屋の並ぶ Via San Cesareo の狭い路地も、次第に店々の夜の明かりに包まれていく。
カフェ・レストランのテラス席では、世界中の人々がワインを傾け、談笑し、海の香りに包まれた料理に舌鼓を打っている。
筆者は、アルコールには弱いのだが、レストランでは土地に敬意を表して、いつも地物のブドウからつくられた、よく冷えた白ワインをオーダーした。
グレコ=ギリシャと名のつく、古代からの品種である。
歩行者天国 Corso Italia にはジェラートの有名店もあって、冷たいそれらを手に、散歩しながら昼間の太陽に火照った体を冷ましている人も多い。
この街の豊かなサマータイムの夜は、時計の針が23時を回る頃まで、もうしばらくの間賑やかに続く。
(上記は初出2009年。トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで別名で公開していたコンテンツにゃ)
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