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水の新潟、神々の新潟 <トラキチ旅のエッセイ>第2話

 

昼間の気温は30度。真夏の新潟市内。

 

ところが、陽が沈むとともに、街にはすずしい風がそよぎだした。信濃川のせいだろうか。

 

人口は約80万人。日本海岸随一の都会。この街は、その中心に巨大な天然のクーラーを備えている。

 

金沢のように典雅な町並みが残っているわけではない。名城のそびえる熊本、仙台のように、都市のシンボルに恵まれているわけでもない。

 

似た規模の街々に比べると、新潟の印象は、気の毒なほどに淡く薄い。

 

なにしろ「信濃川」である。「新潟川」でもなければ、「越後川」でもない。

 

街一番の象徴というべき川の名に、他国のそれを戴いてしまっているというのはどういうことであろう。

 

当の信濃=長野県の方では、この川を千曲川と呼んでいるというのに、わが新潟はあまりにも慎み深い。

 

そうした控え目な新潟の街に、面白い通りがある。

 

この街出身の漫画家・水島新司さんの描いた野球漫画の登場人物たちが、ずらりと商店街の左右に立ち並んでいる。

 

場所は、古町モールと呼ばれるアーケード街。

 

水島氏による名作は数多いが、その代表作「ドカベン」からは、主人公・山田太郎、小さな巨人・里中智、秘打男・殿馬一人、そして葉っぱがトレードマークの「男岩鬼」こと岩鬼正美がここに参加している。

 

なつかしの明訓高校野球部ナイン。かつて彼らの活躍に胸躍らせたファンにとっては、ここは神々の並ぶパンテオンといっていい。

 

なかでも、その際立つキャラクターが魅力の岩鬼。

 

ところが、なんと、ここの岩鬼像には「葉っぱ」がない。トレードマークである口に咥えた葉っぱが見当たらないのだ。

 

聞くと、「盗まれてしまう」のだという。

 

「費用をかけて新しい葉っぱを取り付けても、すぐに盗られる始末なんです」

 

そこで、人々は考えた。元々は像と一体だった岩鬼の葉っぱをあえて着脱式のものとし、人通りの少ない夜間はこれを取り外しておくことにした。

 

なので、昼間の岩鬼は、正しく葉っぱを咥えている。

 

盗みは罪。ゆるされるものではない。

 

しかし、考えてみれば、ここはパンテオン(万神殿)である。

 

立ち並ぶ岩鬼や山田太郎たちは、まさに神々。

 

とすれば、天真爛漫な赤ん坊がそのまま成長してしまったような岩鬼は、世塵による汚れもない、祝福の光に包まれた、もっとも神様らしい神様だろう。

 

となると、そのご利益にあやかりたいあまり、ついつい葉っぱに手を伸ばしてしまう不届き者が現われるというのも、ひょっとすると無理もないことだったのかもしれない。

 

(上記は初出2009年。内容は当時の取材に基づくものにゃ。トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで、別名で公開していたコンテンツにゃ)

 

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