「新潟に面白い建物があるよ」
「ああ、旧税関(明治2)でしょう」
「いや、ちがう」
「県政記念館(明治16)ですか」
「ちがう。古い建物ばかり思い出すんだな。もっと新しい建物だよ。その県政記念館のすぐ近くにある」
――と、知人に教えられたのが、新潟市民芸術文化会館だった。
98年の竣工。新潟市の繁華街が西に行き止まる、その先に広がる緑の白山公園の中にある。
建物は市の財団が管理する公共ホール。中には2千人を収容できるコンサートホールがあり、劇場も併設されている。さらには、立派な能楽堂まで呑み込んでいる。
この能楽堂が面白い。設計に工夫があって、舞台正面の鏡板を動かすと、背後にある中庭がその向こうに現れる。
なお「鏡板」というのは、能舞台の背景に立ち上がっている板壁のこと。緑の老松が描かれている。
一方、中庭には青々とした竹が植えられている。ちょっとした竹林となっている。
すなわち、ここの能舞台は、松と竹のどちらかを選び、その好きな方を舞台背景とすることができる。
ただし、能における「鏡板の老松の絵」というのは、本来、それがあったり無かったりというわけにはいかないものだ。そうした軽々しいものではないのである。
老松は、相撲における力士のちょんまげのような様式美的必要事項であって、能が能であるかぎり、能世界からこれを取り去るというわけにはいかない。
しかし、新潟市民芸術文化会館側は、「この中庭の竹林に照明を入れて、幽玄な雰囲気を出すことも出来ます」などという。
やや過激な提案といっていいのかもしれない。
さて、能舞台についてはそんなところ。
実は、一番に紹介したい場所は別にある。この建物の屋上である。
エレベーターで最上階へのぼってみたい。そこにあるカフェテラスの脇から、この建物の屋上に出ることができる。
そこは、緑の芝生に花々が点在して咲く広い庭になっている。
屋上庭園である。
芝生に足を踏み入れることはできないが、それを囲んでぐるりと散策路が設けられている。
早速、歩を進めてみたい。
歩き出すと、見えてくるのは、北に日本海、東に新潟市街、南には信濃川のゆるやかな流れ…広大な越後平野がはるかに遠霞みする。
さらに、目の前の芝生、平坦ではない。
やわらかな角度を保ちながら、なだらかに盛り上がり、小さな丘となって空に接している。
そのため、散策路に立ち止まり、しゃがんで「丘」を見上げるなどしてみると、風に揺れる草の上、青い空には白い雲が行くばかり。
地平線さえ、そこに感じることが出来てしまう。
もちろん、はるか遠くを見渡すような長い地平線ではない。草の葉にとまる虫の眼から見上げたような、小さな地平線である。
それにしても、この緑の丘のやわらかな感覚。
何か優しげな鼓動、あるいは体温のようなものさえ伝わってきそうな、この不思議なやわらかさの理由は何だろう。
そこで、この建物と庭のことを調べてみた。
設計者は長谷川逸子さん。女性建築家である。
なるほどと、勝手に合点した。
(上記は初出2009年。内容は当時の訪問に基づくものにゃ。トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで、別名で公開していたコンテンツにゃ)
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