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バンコク 日本を驚かせた微笑みの仏教 <トラキチ旅のエッセイ>第32話

 

明治維新後、それまでのいわゆる鎖国をやめ、海外諸国と広くつきあうこととなった日本。

 

社会のさまざまな人びと、集団、階層、いずれも問わず、海外からもたらされる新しい情報に驚いた。

 

仏教界も例外ではない。大いに驚いた。

 

ただし、彼らの驚きは、ほかとはちょっと違う。

 

彼らは、純・外来たるキリスト教やイスラム教の教えに驚いたわけではない。

 

自らがよく知る仏教について、驚きに見舞われた。

 

もっとも、そのことを噂には聞いていた。しかも、昨日今日聞いた噂ではない。

 

おそらくは、はるか6世紀、仏教伝来以来のウワサである。

 

内容はこうだ。

 

遠い異国の仏教徒には、「小乗」と呼ばれる教えを信じる人々がいる。

 

小乗とは、小さな乗り物。

 

小さな乗り物が多くの人を乗せて運ばないように、小乗を奉ずる人びとは、己が悟ることばかりに熱心で、他人や社会を救済しようとしない。彼らは、釈迦の教えを誤って理解している困った連中だ。

 

しかし、幸いにして、日本はこの間違った教えを伝えられずに済んだ。小乗ではなく、大乗仏教が伝わった。

 

だが、気の毒なことに、国によっては、小乗に大いに毒されてしまったところもあるらしい。そこでは人びとは仏の救いを得られず、皆、苦しんでいるようだ。

 

日本はそうならずに、よかった。よかった。

 

ところが―――、である。

 

そんな小乗仏教をヨーロッパが先に研究していた。

 

それが、文明開化の日本に伝わったとき、日本仏教は動揺した。

 

なぜなら、それらの研究によれば、古来評判の悪かったこの「小乗」こそが、どうも
釈迦本来の教えにより近いらしいのだ。

 

「さては、われわれは異端の方を学んでいたか…」

 

驚いたうちのある者は、「小乗を学ぶ」として、ヨーロッパや南アジアに旅立った。

 

また、ある者は、「われらが学んできた大乗仏教伝来の道筋を辿ってみる」として、砂塵舞う中央アジアへの旅に出た。

 

結果、

 

「どうやら、小乗も大乗も、先人が一生懸命に釈迦の教えを理解しようと努め、思索を編み上げたもののようだ。どちらも仏教に変わりない」

 

答えは、そんなところに落ち着いた。

 

さて、タイは、そんな小乗仏教がもっともさかんな国のひとつである。

 

首都バンコクは、まるでわが京都のように、街中が大寺小寺で埋めつくされている。

 

日本の寺との大きな違いは、仏像はお釈迦様だけであって、それ以外の如来や菩薩がいないことだ。

 

それが寂しければ、人びとは自らが修行することで菩薩になり、悟りをひらいて如来―――仏になればいいというのが、彼ら小乗のスタイルだ。

 

もうひとつ、違いをいえば、日本の仏像の多くは笑っていないが、タイのそれらは皆笑っている。

 

この国の街を行く人びとの微笑みと同様に、優しく笑っている。


(「小乗」の表現は、「大乗」側から見た侮蔑的なものとされており、上記での使用はあくまで文脈上のもの。通常は「上座部仏教」「南伝仏教」などと記述する)


(写真は、バンコクを代表する大寺院のひとつ、ワット・スタットの回廊。タイ現王朝の初代、ラーマ一世王の発願により、19世紀初めから中盤にかけ、30年ほどをかけ建立された)

 

(上記は初出2009年。情報は当時のものにゃ! トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで別名で公開していたコンテンツにゃ)