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夏の怪談シリーズ.3 「雨の夜に泣くタクシー運転手」

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わたしは長倉ひとみ。

雑誌の記者です。

 

今日も取材帰りです。

田舎の一軒家で焼き物を焼く陶芸家のもとを訪れました。

 

取材を終え、最寄りのバス停にたどり着いたのは、もう夕暮れが迫った頃でした。

 

(え・・・?)

困ったことになりました。

 

バス停の時刻表がおかしいのです。

手帳のメモと見比べました。

 

「え~!これから1時間以上もバスが来ないじゃない!」

 

どうやら路線を間違えてメモしてきたようです。

 

(困ったな。どうしよう・・・)

 

すると・・・

 

ポツリ、ポツリ、

雨粒が落ち始めました。

 

予報には無かった雨です。

 

空があっという間に暗くなっていきます。

 

風が雑木林を揺らします。

 

田んぼの稲も揺れ、雨足は見る見る強くなっていきます。

 

(陶芸家の先生のところへ戻ろう)

 

そして、タクシーを呼んでもらおう。

そう私は思い、早足で歩き始めました。

 

すると・・・

 

道の前方から、車が1台やってきます。

 

屋根の上に表示灯。

 

(タクシーだ!)

 

しかも、

(あぁ、空車!)

 

こんな田舎道で。

すばらしいタイミングでした。

 

私は慌てて手を挙げ、そのタクシーを停めました。

 

運転席には、若い男性の運転手が座っていました。

 

「よかったですね。土砂降りになってきてますよ」

 

タクシーは、次第に周りが暗くなる中、激しい雨の下を走っています。

濡れた髪をハンカチで拭う私に、運転手はそういって話しかけてきました。

 

「本当にすごいタイミング。よかった。ありがとう・・・でも、嫌でしょ?ホントは。こんな寂しい道で雨に濡れた女ひとり乗せるの」

 

私は、笑いながらそう答えました。

 

「ハハハ」

運転手は笑いました。

 

「ひょっとして幽霊話ですか?たしかに昔からありますけどね。この辺でも」

 

「やっぱりあるの?」

 

「はい。うちの会社でも、古い先輩が3人くらいは経験してますよ」

 

「へえ」

 

「いま、お客様を乗せたときみたいに、雨の中でひとりで手を挙げている女性を拾うんです。乗せると、こう言うんです。『実家で今晩お通夜がある。そこに向かうところだ』って。そして、その実家に着くと、たしかに提灯が上がっていて、お通夜をやっているんです。でもそこで、女性は『お金が足りない』って言い始めるんです。『待っててください、いま借りてくるから』って、タクシーを降りてその家に入っていくんです。ところが、そのあといくら待っていてもその人は出てこない。困った運転手が、仕方なくその家の戸を叩いてみると、祭壇に飾られている写真がさっきの女性なんです」

 

「え~っ!」

 

「このパターンは2人経験してますよ」

 

「え~、本当にあるんだ。そういうことって」

 

「もうひとつは、お墓の前で車が止まっちゃうパターンです。同じように、女の人を乗せていて、急にエンジンの調子が悪くなって、動かなくなっちゃうんです。『ごめなさいお客さん、ほかのタクシー無線で呼びますから』って、振り返ってみると、お客さんがいないんです。見ると、道路の横が墓地なんです」

 

「怖い!」

 

「この話の現場って、さっき、お客様を乗せたバス停のすぐ近くなんですよ」

 

「きゃあ!」

 

私は思わず叫び声を上げてしまいました。

 

「でもね、本当に僕らが怖いのって、幽霊なんかじゃないんです。もっと怖いのは生きている人間です。その日、見知らぬ誰を乗せることになるのか、まったくわからない商売ですからね。運が悪いと、とんでもない人と出会ってしまうことだってありますから」

 

「と、いうと?」

 

「たとえば、刃物を突きつけられて、金出せって。うちの会社でも、1人被害に遭ってます」

 

「え・・・それで、その人は?」

 

「亡くなってます。刺されて。去年のことです」

 

タクシーはその後も、雨の中、暗い田舎道を走り続けました。

私は仕事の疲れからか、いつのまにかウトウトと眠ってしまっていたようです。

 

やがて、目が覚めると、どうしたのでしょうか。

タクシーは停まっていました。

 

しかも、そこは目的地の駅前ではありません。

なぜか、真っ暗な山の中でした。

 

「運転手さん、ここはどこ?」

 

運転手は答えません。

 

「駅までってお願いしたんだけど。どうしてこんな・・・?」

 

運転手は背中を向けたままです。

無言です。

 

「ねえ、ちょっと、運転手さん、何?困る!」

 

私が多少大きな声を上げた、その時です。

 

「ううう・・・」

運転手は、絞り出すような声を出し始めました。

 

見ると、肩が震えています。

 

「ううう・・・うう・・」

 

泣いているのです。

 

涙を流し、泣いているのです。

 

「運転手さん、ねえ、どうしたの・・・!」

 

見ると、その膝の上には、小さな箱が置かれています。

きれいに包装がされた、ピンクのリボンがかかった箱です。

 

まるで誰かへのプレゼントのような・・・

 

でもなぜか、その箱には、あちらこちらに土が着いています。

泥だらけに汚れているのです。

 

「運転手さん、どうしたの?答えて!どうしてこんなところに停まっているの?」

 

すると・・・

運転席のドアが、音もなくゆっくりと開き始めました。

 

ドアが開ききった次の瞬間、私の心臓はハッと止まりかけました。

 

運転手の体が、ふわりと、タクシーのシートの上に浮かび上がりました。

 

そのまま、すーっと、外に吸い出されていくのです。

 

泥だらけの箱を抱えたまま、座ったままの姿勢で、運転手はタクシーから出て行くのです。

 

その姿は、やがて目の前の、雨が降り注ぐ地面の中へと消えて行きました。

 

「きゃあーっ!」

 

私は激しい声で叫んだようです。

そのまま、気を失ってしまいました。

 

気がつくと、私は病院のベッドの上にいました。

 

目の前には、昼間に取材を終えたばかりの陶芸家の先生が立っていました。

 

雑誌の編集長も駆けつけていました。

私の今回の仕事のクライアントです。

 

私は、取材を終えたあの直後、バス停のそばで倒れていたのだそうです。

間もなくやってきたバスの運転手に発見されたのだそうです。

 

時間にしてそれから、

「え?ほんの1時間・・・?」

 

「あ、雨は?」

 

一粒も降ってはいないそうです。

 

私は、この短い間に夢で見たすべてのことを話しました。

 

すると、陶芸家の先生は見る見る青ざめ、

 

「その話なら・・・ちょうど1年前の今日だ!」

 

そうなのです。

 

ちょうど1年前のこの日、この町でタクシー強盗事件が起きていたのです。

 

土砂降りの雨の中、若い運転手が襲われ、売上金を奪われた上に、殺され、山に埋められたのです。

 

遺体が土の中から発見されたとき、そこにはピンクのリボンのかかった小さな箱も一緒に埋められていたそうです。

 

その日は、運転手の幼い娘さんの誕生日だったそうです。

 

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この夏の怪談シリーズは、トラキチが ’90年代に、オーディオドラマ用に頼まれて書いたものにゃ。もともとはセリフと「ト書き」で構成された脚本にゃ。紙の原稿がひょっこり出てきたので、短編小説風に直して、ここに載せることにしたにゃ。スマートフォンがまだ存在しない時代が背景になってるにゃ。

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(写真はりあんさん作・写真ACより)