僕は大学4年生の大崎達矢。
去年の夏に起った恐ろしい出来事について、話したいと思う。
僕と、僕の親友の身に起こった、あの恐ろしい出来事・・・
「人食い踏切」での出来事だ。
それは夏休みのこと。ジメジメとした暑い晩だった。
ひとりで部屋にいた僕のところに、突然電話がかかってきた。
圭介からだ。
奇妙な話だった。
最初は、もちろん冗談かと思った。
「助けてくれ。オレ、呼ばれてるんだ!踏切に」
「え、何に?」
「踏切だよ!近所の踏切がオレを呼ぶんだよ!」
切羽詰まった声だった。
時計は夜の10時を回っていた。
「おい、何言ってんだかわかんないよ。落ち着いて話せ!」
圭介は、二度、三度と、深呼吸したようだった。
ゆっくりと話し始めた。
「あのな、達矢。こいつおかしくなったんじゃないかって、そう思わないで聞いてくれ」
「わかった」
「俺がいまのアパートに引越してきて、今日で3日目だろ?」
「そうだ、わかってる。おととい引越しを手伝ったばかりだよ」
「あの日な、お前が来てくれた1日目の夜に、さっそくおかしなことが起きたんだよ。俺、もうちょっとのところで死にかけた・・・」
話はこうだった。
その夜、圭介は、新しく住むことになったアパートの近くのコンビニに、自転車で買い物に出かけたらしい。
帰り道、坂を下っていると、踏切の音が響きだした。
踏切は坂の下にある。
カン、カン、カン、カン
警報音とともに、遮断機が降り始めるのが見えたそうだ。
圭介は、自転車のブレーキをかけた。スピードをゆるめようとした。
ところが、そのブレーキがなぜか効いてくれない。
自転車は加速しながら坂道を下っていく。
ブレーキは効かない。
自転車はどんどんスピードを増していく。
握っても、握り締めても、後ブレーキも、前ブレーキも、
ブレーキはまったく効いてくれない!
カン、カン、カン、カン―――と、
けたたましく鳴る警報音が、圭介に近づいてくる。
遮断機も、線路も、ぐんぐん近づいてくる!
圭介は、
「ヤバい!」
と、咄嗟に自転車から飛び降りたんだそうだ。
坂道をゴロゴロと転がった圭介。
無人の自転車は、しばらくそのまま勝手に坂道を下ったあと、
ガシャーン!
遮断機にぶつかって、倒れたんだそうだ。
電車が通過したのは、そのほんの数秒後のことだった。
圭介は、ぶつけた体のあちらこちらをさすりながら、立ち上がったらしい。
そして、倒れた自転車のところまで歩き、起こして、跨いでみた。
すると、
「おかしいんだよ!ブレーキ、全然壊れてないんだよ!」
ブレーキはしっかりと前後とも効いてくれる。まったく異常はなかったということだった。
翌日、もっと恐ろしいことが起こった。
圭介は部屋でテレビを観ていたそうだ。
すると、例の踏切の警報音が、また、カン、カン、カン、カン、と、聞こえだした。
おかしいな、さっきまでは聞こえてなかったのに。風向きかな・・・
圭介は、前日のこともあって、気持ちが悪くなり、テレビのボリュームを上げたんだそうだ。
「そこが最後なんだ。記憶が完全に途切れてるんだよ!」
次に、圭介がハッとわれに返ると、目の前にあるのは・・・
あの踏切!
しかも、カン、カン、カン、カン、と、激しく警報音が鳴っている!
見ると、電車が!
轟音を立てて目の前を通過した、ということだった。
「部屋を出た記憶はないのか?」
「全然無いんだ。俺、多分、連れ出されたんだ。夢遊病みたいにさせられて、あの踏切に呼ばれたんだよ!」
「そんな・・・ほんとかよ」
「本当なんだよ!おかしいよ、あの踏切、きっとなんかある・・・。俺、今日も連れ出されるかもしれない。もうダメだ!恐ろしいよ。達矢、お前、いまからウチに来てくれないか!」
言ってることは常軌を逸しているけれど、とにかく友人のピンチだと僕は思った。
「わかった。行く。待ってろ」
僕はさっそく身支度した。
部屋を出て、鍵をかけ、駐輪場に置いてあるバイクに跨り、エンジンをかけた。
僕は夜の街に走り出した。
ちなみに、圭介の新しいアパートは、車やバイクならば僕の住んでいるアパートの部屋から15分くらいで着く場所にある。あまり遠くない。
僕は、やがて坂道に差し掛かった。
(あ、もしかしてここ?)
すると、前方に踏切が現れた。
次の瞬間、僕は目を疑った。
(圭介!)
踏切の向こうに圭介がいる!
圭介が、うなだれた様子で立っている・・・!
すると、カン、カン、カン、カン、
警報音が鳴り始めた。
僕はアクセルを開いた。
猛スピードで坂を駆け下り、下がってくる遮断機の下をすり抜けた。
バイクを停め、
「圭介っ!」
線路に向かって歩き出そうとするその体をつかまえた。
ハッと、われに返る圭介。
迫る電車。
轟音を響かせながら、僕たちの目の前を通過した。
ワナワナと震え出す圭介。
「達矢!お前に電話をかけたあとの記憶がないよ!やっぱりだ・・・やっぱり連れ出された・・・俺、このままじゃ殺される!」
その夜、僕は圭介を僕の部屋に泊めた。
そして翌日、二人で不動産屋に出向いた。
圭介に新しいアパートを紹介した不動産屋だ。
恐ろしいことが判った。
圭介が引越した部屋に住んだ入居者のうち、不動産屋の担当者が知っているだけで、過去に2人が、あの踏切で事故に遭って亡くなっているという。
信じられない話だった。
けれども、もう迷ってはいられない。
圭介は、一旦実家に避難することになった。
夜になると住人が踏切に呼ばれるあの恐ろしい部屋から、圭介の荷物がすべて搬出されるまでの間、圭介は僕の部屋に泊まり続けた。
圭介の荷物の整理は全部僕がやってあげた。
踏切に魅入られてしまった圭介を部屋に近づけさせるわけにはいかなかった。
圭介が実家に向かう日がやってきた。
僕はバイクに圭介を乗せ、駅まで運んだ。
そこで圭介を見送った。
電車のあと、夜行バスに乗り継いで、圭介は実家に帰ることになっていた。
「いなかで少し休んで、出直しするよ。達矢にはまた世話になると思うけど、ごめんな」
「ちょうど夏休みだ。よかったじゃないか。気にすんな」
圭介は少し安心したような顔で、改札をくぐっていった。
そのあと、10分くらいが経って・・・
僕は、ハッとそのことに気づいた。
バイクを停めた。
振り返った。
そうだ、電車の向かった方向・・・
もしかして、あの踏切を通るんじゃないか・・・?
そうだ、圭介を乗せた電車は、あの踏切を通る!
しかもいまは夜だ。
あの踏切がねらった相手を呼ぶ時間だ!
まさか!
恐ろしい予感は的中した。
まさにその頃、圭介の乗った電車は、あの踏切で事故に遭っていた。
線路上に停まり、動けなくなった車に突っ込み、脱線したんだ・・・!
ドライバーは逃げ出して無事だったものの、電車の乗客にけが人が多数出た。
そして、死亡者も一人・・・
圭介だった。
それにしても、恐ろしい。
なんて恐ろしい踏切なんだろうか・・・
まるで生き物のように、あの人食い踏切は、圭介を執拗にねらい続けた。
調べると、踏切のある場所は、昔の刑場だった。
近くには寺があり、罪人が殺される前に一旦留め置かれる小屋が、その境内の端にあったんだそうだ。
ちなみに、その寺はいまも残っていて、敷地の大半は住宅地になっている。
どうも、小屋のあった場所が、圭介の住んでいたあのアパートの位置に当たっているらしい。
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この夏の怪談シリーズは、トラキチが ’90年代に、オーディオドラマ用に頼まれて書いたものにゃ。もともとはセリフと「ト書き」で構成された脚本にゃ。紙の原稿がひょっこり出てきたので、短編小説風に直して、ここに載せることにしたにゃ。スマートフォンがまだ存在しない時代が背景になってるにゃ。
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