カンボジアという国の地図を開く。国土の真ん中に大きな水面が見える。
トンレサップ湖だ。
ただし、ここで「湖」をつけてしまうと、実は言葉がかさなる。「トンレ湖・湖」という意味になってしまう。
だが、とりあえずトンレサップ湖——と、ここでは呼んでおこう。
東南アジア最大の湖である。
その面積、1万6000平方キロ。琵琶湖の約24倍。四国一島の広さに迫る。
もっとも、それは雨季のピークでのこと。
乾季になれば、この湖は約6分の1の広さにやせ細り、川に還ってしまう。(※)
なぜなら、実はこのトンレサップ湖、アジアの大河「メコン」の支流のひとつといっていい。
すなわち、カンボジアに雨季が来る。水かさを増したメコン川が溢れ、ついに逆流をはじめる。トンレサップ湖のある辺りを浸し始める。
水面はみるみる広がり、森や林を呑み込みながら膨張をかさねる。
ついには、湖となる。
東南アジア最大の巨大な湖となるわけだ。
その風景たるや、実に広い。水平線の果てには空しか見えない。
広大な水面が、人びとの視界を雲の彼方まで埋めつくしてしまう。
水深も、乾季に比べ9倍となる。
木々や草花、土や砂を森林ごと呑み込んだ湖の中では、生命があふれるように生まれ出る。
トンレサップ湖から水揚げされる漁獲によって、カンボジア国民は、そのたんぱく質摂取量の半分以上をまかなうことができてしまうという。
ところで、このトンレサップ湖、まるで世界の秘境のようだが、意外に訪問しやすい。
カンボジア一番の観光地、アンコール遺跡を擁するシェムリアップの街に、まさに隣接するからだ。
なので、雨季、アンコール遺跡を観光の際は、ぜひ半日を空けるといい。
旅行会社に車のチャーターを申し付け、トンレサップ湖観光をオーダーするのだ。ぜひおすすめしたい。
送迎車が到着した湖畔には、小船が待っていて、湖の沖まで連れて行ってくれる。
その際、漕ぎ出した船は、途中「街」を抜ける。ここが面白い。
なぜなら、膨張し、広がった湖の上には、水に浮かぶ街が出来ているのである。
商店、学校、警察署、船用のガソリンスタンド——などなど。
この街では、漁を中心にひとつの経済が回っている。雨季の一時期、多くの人びとがここで暮らしを立て、営んでいるかたちだ。
水上の街はまことに大きく、船は沖に向かうしばらくの間、家並みを縫って水路を進まねばならない。
それらを抜けたあと、目の前に広がるのは、果てしないアジアの青空、あるいは大地を覆う巨大なスコールの雲か――。
どちらに出会うにしても、その雄大な風景に比べ、船上に揺られるわれわれはあまりにも小さな存在である。
(※)トンレサップ湖の面積、水深、および雨季と乾季におけるその差については、各文献等によって大きな違いがある。本稿では、「立命館国際地域研究第21号 笠井利之 教授論文」(’03)を主な参考資料とした。
(上記は初出2009年。情報は当時のものにゃ! トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで別名で公開していたコンテンツにゃ)
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