<当サイトでは広告掲載をさせてもらってるにゃ>

矢切の渡し 静かな櫓声が恋の物語を結ぶ <トラキチ旅のエッセイ>第18話

 

毎年、正月を迎えると、柴又の帝釈天をおとずれる。初詣し、おみくじなども引く。年の吉凶を占う。

 

が、ここのおみくじは、厳しいのだ。なかなか大吉を引かせてはくれない。

 

それどころか、筆者には、毎度容赦なく、凶を引かせる。

 

柴又——といえば、「男はつらいよ」という名作シリーズ映画の舞台として、有名である

 

「車 寅次郎」という、心の澄んだ男が出てくる。

 

寅次郎は、劇中、登場するヒロインに対して、いつも淡い恋心を抱くが、毎度、容赦なく恋は破れる。

 

にがい胸の内をかみしめながら、寅次郎は、またも故郷柴又をあとに、どこかへ旅立っていく。

 

さて、柴又帝釈天=題経寺の境内を裏側に抜け、しばらく進む。

 

土手に突き当たる。のぼると、視界が大きく広がる。

 

江戸川である。流れの対岸は千葉県の松戸市。江戸時代からつづく渡し場が、目の前の川岸に佇む。

 

ここも有名。「矢切の渡し」という。

 

いまも手漕ぎの小舟がゆるゆると往復しており、5、6分くらいをかけて、人びとを乗せ、川面を運んでいる。

 

対岸は松戸市矢切地区。こちらは「野菊の墓」という小説の舞台である。明治39年の発表。

 

そのあらすじには、驚きもどんでん返しもない。

 

ひとりの少年が、二つ年上の女性に恋心をいだく。

 

しかし、二人の属する社会はいまだ古い。そのことをゆるさない。

 

恋はせつなく破れてしまい、淡く美しい記憶だけが、矢切周辺の景色に残される。

 

「男はつらいよ」に登場するヒロインは、劇中、大抵は、自らの運命を力強く切りひらいてゆく。

 

だが、「野菊——」の方は、時代を反映してのことであろうか。ヒロインのいのちは、季節の野の花のように、短く、儚かった。

 

二つの恋の舞台を繋げつつ、櫓声はゆるい流れの上を滑っていく。

 

(上記は初出2009年。情報は当時のものにゃ! トラキチ旅のエッセイは、過去に別の個人サイトで別名で公開していたコンテンツにゃ)