先日のジュリーのコンサート土壇場キャンセルの話、僕はちょっと遅れて知ることになりました。
いやいや。ジュリーですねえ(笑)
僕もホントに彼の格好よさには憧れた世代ですから。
とにかくなによりも惜しいのは、樹木希林さんがすでにいないことです。
いまこそ、あの
「ジュリ~ッ!」
「ジュリ~ッ!!」が、叫ばれるべきところでしたね。
(「寺内貫太郎一家」という昔のテレビドラマのシーンです。樹木さんは当時まだ悠木千帆でした)
以上は、古い人間ばかりがよく知っている、ほぼくだらない話です。
くだらないといえば、僕のくだらない自説なんですが、僕は、ジュリーって、阿久悠さんが彼の歌に書いた詞に出てくるオトコそのものだな、と、よく思うんです。
ジュリーというオトコを見て、阿久さんがそれを詞に移したのか。
あるいは、
阿久さんの詞を読み、唄っているうちに、ジュリーの方がそこに出てくる主役たちのようになっていったのか。
今回の件なんて、まるでこの一節そのものですもんね。
せめて少しはカッコつけさせてくれ
寝たふりしてる間に出て行ってくれ
アア アアア ~
(引用:勝手にしやがれ 阿久悠)
結局のところ、今回、ファンの多くは、ジュリーに「カッコつけさせて」あげる方をよしとするのではないでしょうか。
ちなみに、ジュリーはおそらくコメディアンの素質もかなりもっている人で、この人がもうちょっと面白い顔をしていて、もしも吉本興業の芸人さんにでもなっていたら、それなりの人気を誇ったような気も僕はしているんです。
強烈な個性の持ち主であるにもかかわらず、化けるのもうまい。
なので僕は「こまわり君」をよく連想するんです。
昭和漫画キャラ一の化け上手。
「サムライ」を歌ったときのジュリーのポリス風ファッションが、どことなくこまわり君っぽかったせいもあるかもしれません。
一方のこまわり君の方も、どの回だったか、不発弾の上に乗って「サムライ」を熱唱したりしていましたね。
「片手にピストルゥゥ~!!」って。
それを見た現場責任者が、短刀で自らの腹を切ろうとします。収拾のつかない状況に絶望して。これ、あとから気がつきましたが、ちゃんと「サムライ」にかかっているんですね。ハラキリです。
こまわり君の「がきデカ」って、とにかく関西テイストにあふれたギャグ漫画です。ジュリーも京都で育った、実は関西のセンスにあふれたタレントさんです。
そういえば後年、「マルコシアス・バンプ」なんてバンドが現れて、メンバーの佐藤研二(研二ですね)という人が、「サムライ」風の衣装を着ていて、見事に「こまわり君」と呼ばれていました。
以下は、昔々、僕があるところで記した駄文です。
若気の至りで、気取って書いたところが鼻につく文章ですが、
お暇ならぜひ読んでやってください。
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阿久悠。あんたの時代はよかった.4
阿久悠の歌がもっとも冴えた歌手は、誰であっただろうか。筆者は沢田研二を推したい。沢田は、阿久劇場で演ずる主役の一人である以上に、いわば阿久悠の分身であった。阿久が、自らの抱く男の理想を投影したその姿こそが、沢田研二だった。
沢田研二にはふたつの全盛期がある。まず、輝く流星のようなグループサウンズ・アイドルの時代。さらに、無類の歌唱力と派手なビジュアル・マーチャンダイジングで、日本の歌謡シーンに革命を起こした、70年代末から80年代初頭にかけてである。
沢田は前者にあってはグループメンバーのひとり、後者にあってはソロ・シンガーとして活躍したが、阿久悠とのコンビネーションは概ね後者の時期に実現した。
なお、概ね――とする理由は、沢田のファンならば、誰もが知っている。グループサウンズ時代と第二次全盛期の間のちょうど谷間といっていい75年、阿久は沢田に「時の過ぎゆくままに」を与えて90万枚を超えるヒットをとばしているのである。実はこの作品こそが、沢田研二最大のセールスを記録する、まるで独立峰のような記念碑となっている。(沢田の独立峰はもうひとつある。73年の「危険なふたり」。作詞は安井かずみ)
それはともあれ、沢田研二がシンガー、パフォーマーとしてわれわれの社会にもっとも熱狂を与え、影響をあたえた70年代終盤から80年代初頭、振り返れば阿久は、11作におよぶシングルを沢田に提供、内、7作を連続して担当するなど、その美学のすべてを沢田研二という男に注ぎ込んでいる。(具体的に筆者の頭にあるのは、「さよならをいう気もない」(77年)から「麗人」(82年)までである)
阿久が沢田に託した美学をひと言に表せば、それは、「男のやせ我慢」にほかならない。譲れぬプライドのために、doing his best をこころみる男の姿を阿久は、沢田という、不思議な中性的風貌をもった男にあえて表現させた。また同時に、愛によってプライドを砕かれ、あわれにひざまづいて信仰告白する男の姿も、阿久は沢田に演じさせている。どちらの男の姿も、間違いなくその正体は阿久自身である。
苦い酒に酔おうとして酔いきれぬ、優しく、気障で、小さな男の姿を阿久自身がもしも演ずれば、それは渥美清の寅さん(男はつらいよ・映画)にならざるをえない。しかしながら阿久は、その歌詞を与えることによって沢田研二を自らの分身とし、自らは持たない甘い官能美と退廃美とをそなえた魅惑的なこの男に理想の美を語らせることで、創作家としての存分たる開放とエクスタシーを味わったのに相違ない。
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以上、おそまつ!
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(イラストは「無料イラストなら「イラストAC」」さんより)